saleemのブログ

「 先ず一歩 内なる旅に 友は無し 」Zen柳

2022-02-01から1ヶ月間の記事一覧

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (09)

(・・・また、人が瞑想について語っていることも無意味だ。)昔、私は ジャイナ教の聖者が瞑想について書いた本に出会った。 実にすばらしい本だったが、著者自身、瞑想したことがないと思われるところが ほんの数か所あった ーー したことがあるなら、そうし…

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (08)

・・・新しい間違いができる人は、常に成長し続ける。 それが 唯一の学びの道、自分の 内なる光へと至る道だ。 こんな話を聞いたことがある。ある晩、キルマンにすむ イスラム教徒の 大詩人アウハディーが、縁側に座り 身をかがめて器を覗き込んでいた。 ス…

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (07)

・・・それが 生のすばらしいところ、輝かしいところ、詩的で 音楽的なところだ。 それは 絶えざる驚きだ。安全や確かさを求めていると、目が 閉ざされてしまう。 そして どんどん驚くことが少なくなり、驚く能力がなくなる。 いったん それがなくなると、宗…

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (06)

小話を 一つ。 昔、ムラ・ナスルディンが しばらく町を離れ、顎鬚(あごひげ)を伸ばして帰ってきたことがあった。 当然のごとく 友人たちは その顎鬚をからかい、どうやってその『毛皮』を手に入れたのかと尋ねた。 鬚面のムラは、鬚が嫌でたまらないのだと …

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (05)

(…死は美しい。 だが、美しいのは、制約や抑圧のない生を送った人の死だけだ。 美しく生きた人、生きることを恐れなかった人、つまり、愛した人、踊った人、祝った人の死だけだ。) 生が 祝祭となれば、死は 究極の祝祭となる。 こう言っておこう。 生がどん…

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (04)

アリの 一群が、朝早く、食べ物を捜しに 地中の暗い巣穴から出て来た。 アリたちは 朝露に濡れた草の脇を通りかかった。 「これ、何だろう ? 」 「どこからやって来たのだろう ? 」と、一匹のアリが 朝露を指さして言った。 あるアリは「地面からだ」 別のア…

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (03)

あなたの中にある 何ものかが生死を超えている。 それすなわち 汝なり・・・ 超えたるもの。だが、私たちは 形に同化しすぎている。 それが 自我を生む。 それが『私』と 呼んでいるものだ。 もちろん『私』は 何度も死ななくてはならない。 だから自我は 常…

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (02)

完全な生の瞬間に達するたびに、突然 あなたの前に、死が姿を現すだろう。 愛するときに それは起こる。 愛の中で 生は極点に達する。 だから人々は 愛を恐れる。 私のところに やって来る人たちが 愛するのが恐いと言うのを聞いて、私はいつも驚いている。 …

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (01)

第一章 生のあり方 ラビ (ユダヤ教の聖職者) のビルンハムが死の床に伏せていたとき、彼の妻が泣き崩れた ビルンハムは言った 「どうして泣くんだね。 私は、いかに死ぬかを学ぶためだけに生きてきたのだよ」 生は生きることの中にある。 それは物ではない。 …

第3話 ーーー 知識は禍いなり(15)

何ひとつ完全でもないし,何ひとつ不完全でもない こういう価値づけ というのは無意味だ仏陀いわく ここでは,おおシャーリプトラよ 私の存在するところでは 何ひとつ良くもなければ,何ひとつ悪くもない 私の存在するここでは サンサーラ(輪廻)と ニルバー…

第3話 ーーー 知識は禍いなり(14)

この存在は 不潔でも純粋でもない 罪人であるような人は 誰もいないし 聖人であるような人も 誰もいない 仏陀の洞察は まったく革命的だ彼は,何ひとつ不純ではあり得ないし 何ひとつ 純粋でもあり得ない 物事は ただそのあるがままなのだ と言うそんなもの…

第3話 ーーー 知識は禍いなり(13)

“ ここでは,おおシャーリプトラよ,一切のダルマは空(くう)の様相を呈している。 それらは生み出されることも止められることもなく・・・” そして仏陀は言っている 何ひとつ なされるべきことはない ただ理解だけでいい,と これは ラディカルな声明だもし…

第3話 ーーー 知識は禍いなり(12)

“ ここでは,おおシャーリプトラよ,一切のダルマは形(くう)の様相を呈している。 それらは生み出されることも止められることもなく,汚されることも清浄であることもなく,足りないことも完全であることもない。 ” 仏陀は 一切のダルマは〈空〉で 満ち満ちて…

第3話 ーーー 知識は禍いなり(11)

そして,そのことが人間に多くの問題をつくってきた それも,アリストテレス流ではとうてい解決のつきそうもない難問の数々を ーー 男は ただ男でいるように教え込まれてきた けっして自分の中の女っ氣など かけらも見せない けっしてハートの 柔らかさの か…

第3話 ーーー 知識は禍いなり(10)

リアリティーに向かう 第二のアプローチは 弁証法的アプローチだ 西洋においては そのアプローチは ヘラクレイトス,ヘーゲルの名前と結びついている弁証法的プロセスは 「 生は対極を通じて 反対のものどうしを通じて動いてゆく 」と言うちょうど川が 互い…