saleemのブログ

「 先ず一歩 内なる旅に 友は無し 」Zen柳

「死のアート」OSHO 第一章 生のあり方 (07)

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・・・それが 生のすばらしいところ、輝かしいところ、詩的で 音楽的なところだ。
それは 絶えざる驚きだ。

安全や確かさを求めていると、目が 閉ざされてしまう。
そして どんどん驚くことが少なくなり、驚く能力がなくなる。
いったん それがなくなると、宗教をも失う。
宗教とは 驚く心を 開かせるもの、私たちを取り巻いている 神秘を受け入れさせるものだ。

安全を求めてはならない、自分の生き方を 聞いてはならない。

人々は私のところに来て こう言う、「和尚、どう生きるべきか教えてください」。
あなたは、生を知ることではなく 決まった型を作ることに、生を生きることよりも 生を破壊することに興味を持っている。
自分に押しつけられる戒律を欲しがっている。

もちろん、座ってあなたを待ちわびている聖職者や政治家が至るところにいる。
彼らのところへ行けば、喜んで戒律を押しつけてくれるだろう。
自分の考えを押しつけ、そのことから生まれる権力を 彼らは楽しむ。

私が ここにいるのは そのためではない。

私は、あなたが 自由になるのを助けるためにここにいる。

自由になれるように と 私は言うが、それには私からの自由も含まれる。
あなたが 私からも 自由になれるよう、私はあなたを 応援する。
私のサニヤスは 極めて逆説的なものだ。

あなたは自由になるため 私に明け渡す。
私はあなたが、あらゆる教義、あらゆる哲学 ーー私も含めてーー から絶対的に自由になれるよう あなたを受け入れ、サニヤスに導く。
サニヤスは 生と同様に逆説的だ。
逆説的でなくてはならないのだ。
すると、生は 躍動する。

だから、一番大事なのは 自分の生き方を 誰にも聞かないことだ。

生とは 極めて価値あるもの、それを生きなさい。
失敗が ないとは言わない、あなたは失敗する。

一つだけ覚えておきなさい、同じ間違いを しないこと。
同じ間違いは もういい。

日々 新しい間違いができるなら そうしなさい。
だが 間違いを繰り返してはならない。
馬鹿げている。

新しい間違いができる人は、常に成長し続ける。
それが 唯一の学びの道、自分の 内なる光へと至る道だ。


(08)へ 続く