『人間は神に何を捧げられるか ?』(19: 終回)
明かりがあれば、闇は 存在しない。
闇は
「こんなはずではない。 俺は何世紀も、何世紀も ここにいた。 こういうことはよくない。 俺は、ここにいた。 ここには、俺のものがある。 俺は その中にいたんだ」と言うことはできない。
闇には、何も 言えない。
明かりがあれば、闇は 単純になくなる。
そのように 光明は訪れ、捧げることは訪れる。
あなたは いつでも捧げられる −−−
あなたが 決意した瞬間に。
が、その捧げることは、トータルでなければならない。
そして真実を 分別しない時
あなたは はじめてトータルに なれる。
神として 生を肯定すること、
“それ” として 正反対のものを、両方 肯定すること。
すると、あなたが 動こうと動くまいと
あなたは どこにも行くことができない。
あるいは、どこへ行こうと
あなたは “それ” に 遭遇することになる。
それが、絶えずマインドが
“それ” ヘと 向かっている状態だ。
そして、ウパニシャッドは
「それが唯一の 捧げものだ」と 言う。
他の 全ては、唯の まやかしの代理品にすぎない。
終回(19) 終わり