saleemのブログ

「 先ず一歩 内なる旅に 友は無し 」Zen柳

第四章 「〈彼方〉から 」 最後の質問

最後の質問
「あなたが ブッダフッドの実現について説くときはいつでも『それは過程(プロセス)ではなく、稲妻のように 一瞬、突然に起こる』と 言います。 でも、私に見える『私のなかで起こっていること』は しだいに自我(エゴ)の束縛を離れ、しだいに内なる中心が定まってくるという、とてもゆっくりとした過程です。 この過程と、あなたに起こった『突然の閃光』のあいだの違いをはっきりさせていただけませんか ?
また、そのゆっくりとした過程に あまり満足しすぎることに何か危険がありますか ? 」



いいや、ディープタ、危険は ない

〈光明 (エンライトンメント)〉は つねに稲妻のようなものだ
それは 閃光であり、突然の爆発だ
それは 段階的に やってくることはできない
なぜなら それは分割されることができないものだからだ
あなたは それを 断片というかたちで 持つことはできない

では、ディープタに 起こっていることは 何だろう ?

彼女は 自分が しだいに ゆっくりと満足してきていると 感じている

それは〈光明〉ではない

それは〈光明〉が起こる 地盤だ

その地盤は 段階的に準備されることができる
実際のところ、それは段階的に準備されなければならない

その地盤を、稲妻のように、電光石火で用意することはできない
ときとして その地盤を整えるのに 何生も かかることがある


ブッダフッドの準備は 段階的だ
だが、ブッダフッドが 実際に起こるのは、あなたのなかの 突然の爆発だ
だから おそれることはない、これはいいことだ
あなたは 正しい軌道の上を 進んでいる
もっともっと 満足してゆくことだ


そして、あなたが 完全に満たされる日こそ〈閃光〉が 走る



最後の質問 終わり・・・第五章 ーー〈光明〉の味 (01)へ 続く