saleemのブログ

「 先ず一歩 内なる旅に 友は無し 」Zen柳

「究極の錬金術 2」by OSHO,


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二番目の質問 (07/終回)

( もしあなたが 選択すれば、あなたは揺らぐ。

もし 選択すれば、その反対の ものを作り出す。

それは とても逆説的に 見える )

 

が、私は こう言いたい。

「良い人間であろうと しないことだ」

良い人間であろうと すると、悪い人間に なるだろうから。

 

ひとかどの人間に なろうとしないこと。

ひとかどの人間に なろうとしたら、正反対の人間になるだろうから。

だから、無選択の 態度を保っていることだ。

何が 起ころうと それに ゆだねることだ。

起こらせれば いい。

が、それは 難しい。

もし 怒りが やって来たら、そのままに させればいい。

その時、選択しないこと。

もし 愛が やって来たら、そのままにさせておきなさい。 選択しないことだ。

すると すぐに、愛も やって来ないし、怒りも やって来ない日が 訪れるだろう。

 

もし 選択したら、あなたは それに捕まる。

そうすれば、あなたは 輪の中にあり、その影響力が 自動的に あなたの上に働きかける。

一つのものから 別のものへと あなたが 変え続けるなら −−− 

それは、絶えざる 反復のプロセスだ −−− 

生全体が、ただ一つのものから 別のものへと、揺れ動いているに 過ぎなくなる。

 

だから 軽わざ師に ならないこと −−− 

ロープから 降りなさい。

 

それは こう考えればいい。

あなたが 地面を歩いている。

あなたは ごく狭い部分を 歩ける。

チョークで 狭い幅を 区切って作れる。

白線で、狭い幅を区切って 作れる。

そして その幅の中を、左にも 右にも 揺れ揺かずに歩ける。

なぜか ? 

 

今度は 二つの家の あいだに、二つの屋根のあいだに、それと同じ幅の板を 渡す。

さあ、そこを 歩いてごらん ! 

 

歩けない ということが わかるだろう。

なぜだろう ? 

地上にある 同じ幅の板なら、いとも簡単に 歩くことができるのに。

だが、同じ幅、同じサイズの板が 二つの 家の屋根の間に かかっている。

そこを渡るとなると、あなたは 一歩も 歩けない。

あなたは 揺れ始める。 なぜか ? 

 

その時、あなたは 自分が落ちるかもしれない と 意識する。

その時、あなたは あることを 選択した。

あなたは 落ちないことを 選択した。

あなたは 落ちないことを選んだ。

さあ、そうなると 安心して 歩けない。

 

そこには 落ちない という選択がある。

あなたは 選んだ。

その選択のために、その歩み 全てが、落ちるほうへ 向いてしまう。

そこであなたは、右へ左へと バランスを取るために、揺れ動かなければならなくなる。

 

生は ちょうど ロープ −−− とても細いロープのようだ。

もしあなたが あることを 選択したら、揺れ動くことを 選ぶ。

 

善でもなく 悪でもない −−− それが 唯一の 善だ。

 

これでもない、あれでもない −−− それが 唯一の 宗教だ。

ウパニシャッドは 言う、

「ネティ、 ネティ −−− これでもない、 あれでもない」と。

あなたは 選択しない ! 

それは、努力なしの 理解だ。

それは 単純な 理解だ。

 

 

 

二番目の質問 (07)終わり・・・

 

第11章「二つの道ー究極の現実」

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