saleemのブログ

「 先ず一歩 内なる旅に 友は無し 」Zen柳

第13章「在ることを通して越えていく」(19)


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(19)

( あなたは 変容され、同じあなたでは なくなるからだ。 

あなたが “それ” を知り、内側で “それ” を 感じれば、目を開けると “それ” は 至るところにある )

 

そうなると、あらゆる物事が ただ、鏡になる。

あなたは “それ” を 考える必要は ない。

そんな必要はない。あなたは 覚えている必要はない。

 “それ” は そこにある −−− そこにあるのだ ! 

 

内側に感得される “それ” は、あらゆるところに 感得される。

実際、内と外という 区分は なくなる。

あなたの内が外になる。

そうすれば、内と外との間の 区分全体が 無意味なものになる。

一度、あなたが “それ” を、無限なる内側を 知ってしまえば、それは 外側と同じになる。

 

すると、まったく異なる感覚が 湧いてくる。

あなたは 内側にいるが外側にはいない、 といったものではない −−− あなたは 至るところにいる状態に なる。

内と外 というのは、一つの事実の 両極にすぎない。

あなたは その二つのあいだに広がってしまう。

そうすれば、あなたが 事実 −−−“それ” に なる。

一方の極が、前に言ったように 内として知られ もう一方の極は 外として 知られる。

あなたは その両極のあいだに広がってしまう。

それらは あなたの 両極になってしまう。

その 内なる知が 本物の宗教だ。

 

そして、この経文 曰く

『あらゆる所に “それ” を感得すること、

 それがガンダ、唯一の芳香だ』と。

 

もし それを知れば、もしその 聖なる芳香の内に、その至福の内に生きるなら、それが道だ。

 

 

 

(19)終わり(20)へ 続く