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第九章「これでもない、それでもない」12

 困惑した時には いつでも、疑いに、分裂に、葛藤に 直面した時には いつでも、何かを選ぼうとする時には いつでも、覚えていなさい---「二ではない」と。

これを 自分の内側で絶えず鳴り響く 深い真言(マントラ)にするのだ。

だが いいかね、それは理解をもって、目覚めをもって、意識をもって なされなければならない。

そうでないと、人は「二ではない、二ではない、二ではない」と 言い続けながら、しかも「二」を なし続けることも あり得るからだ。

すると、それは 二つの 別のものになって、決して出会うことはなくなる。

 機械的 という時、私が言っているのは このことだ。
機械的とは、ある水準では 美しいことを言い続け、別な水準では あらゆる醜いことを し続けることだ。

ある水準では、誰もが〈神性〉だと言いながら、別な水準では、「自分」として、闘争的な、暴力的な、攻撃的な 自我のままでいることだ。


 攻撃性とは 戦争にだけ あるのではない。
人を殺せば、攻撃だと言うのではない。

攻撃性とは 極めて微妙なものだ。
身振りの中にさえ それはある。

何かを見て、もし我と汝に 分かれているなら、その眼は 攻撃的なのだ。


 こんな話を 聞いたことがある。
ある時、一人の囚人が、その監獄の看守長の所に 連れて来られた。

囚人は 模範囚だった。
五年の間、この男に対する不平は 一度も聞いたことがなかった。

だから監獄の お偉方は その保釈を考えていたところだったのだ。

男は 殺人で無期懲役を受けていた。

だが この五年間、男は実に 真面目で模範的だった。
そして、毎年 最も模範的な囚人に 与えられる賞を 与えられていた。

ところが ある日 突然、男は 同房の者に飛びかかり、ひどく殴りつけた。
そこで 呼び出しを受けたのだった。

 看守長さえ、驚いて言った。
「いったい、どうしたんだ。
五年間 私達は お前を見て来たが、私は これまで お前のように真面目で、おとなしくて、折り目正しい囚人を見たことがない。
だから私達は お前の保釈を考えていたのだ。
今になって 急に、いったい、何があったんだ。
どうして同房の 仲間に飛びかかったりしたんだ。
なぜ 殴ったんだ」

 男は、ひどく恥ずかしそうに 首をうなだれて立っていたが、こう言った。
「実は 同房の奴が カレンダーを 一枚 剥がしたんです。
でも今度は 俺の番だったんです」

 房の中には カレンダーがひとつあって、それを めくることだけが、たったひとつの 連中のできる仕事、唯一 許された行為だったのだ。
その男は言った。
「今日は 俺の番だったんだ。
なのに奴が破っちまったんです」


 人が暴力的であれば、こんなことすら問題に なり得る。
しかも その殴り方たるや実にすさまじく 拳骨で同房の仲間を 殺しかねないばかりだった。

しかも問題は こんなにも単純なことだった。

だが これを本当に 単純なことと考えるなら、あなたは 理解していない。
そうではない。
牢屋の中で 何ひとつせず 五年間も暮らせば、人は大変な 攻撃性を蓄積する。

どんなに小さな問題も、大きな問題に なり得る。


 そしてこれが あなた方、みんなに起こっていることだ。

いつでもいい、これまで 自分が友人や、妻や、夫に飛びかかる時、自分が 腹を立てる時、このことを 考えたことはないだろうか。

問題は、まさに カレンダーの一枚を破る というような、実に 小さなことだった。
ところが どう考えても釣り合わないほどの、蓄積された怒りと、攻撃性が、噴出する。


 いつでもいい、それ が起こった時、機械的にではなく、意識をもって、「二ではない」と 言ってみてごらん。

すると、胸の内 深くで、突然 ある理解が起こるのを感じるはずだ。

「二ではない」と言ってみる。
すると、選択などない。
選ぶべきものなど何もない。
好きも嫌いもない。

すると、すべては それでいい。
そして どんなことでも祝福できる。

どこであれ〈生〉の導く所へ、あなたは行く。

あなたは〈生〉を 信頼する。


〈二〉と 言うなら、人は信頼していない。
信頼は、自分と全体が ひとつである時にしか 可能ではない。

そうでなくて、どうして信頼が あり得よう。

信頼とは、知的な見解、態度ではない。

それは、〈二〉ではなく、唯一〈一なるもの〉のみが存在する という感じに 全身全霊で感応することだ。

これを 自分の真言(マントラ)にしなさい。
僧サンから これを学ぶがいい。


 自分で 疑いを、困惑を、分割を、葛藤を 感じるたびに、これ を静かに、そして 深く復唱しなさい。

まず その葛藤を 意識できるようになりなさい。

それから、静かに「二ではない」と言って、何が起こるかを 見ていなさい。

その葛藤は 消える。

たとえ、消えるのが ほんの一瞬だとしても、それは偉大な現象だ。

あなたは 寛ぐ。
突然この世界に 敵はいない。

突然あらゆるものが 一体だ。
それは 家族だ。
そして 全体が あなたとともに歓びに溢れている。


…13に 続く

NEITHER THIS NOR THAT by OSHO,
「信心銘」
(訳者) スワミ-パリトーショ
(発行所) 禅文化研究所