「竜巻の中心……」05
( 深いところでは それらは 一体 (ひとつ)―――
それらは ちょうど あなたの両足のようなもの 右足と 左足……)
あなたは 右足を使い、そして左足を使う。
右足を あげるときには、左足は 地上でそれを助けながら 待機する―――
片方だけに 中毒してはならない。
右派にも左派にも なりなさんな。
両足とも あなたのものだ。 そして
両方の足の中に、あなたの エネルギーが分割されることなく 流れている。
右足には右足のエネルギーがあり、左足には また別のエネルギーがあるなんて感じたことがあるかね ?
あ な た が 両足の中を 流れているのだ。
眼を 閉じてごらん―――
右も 消えるし 左も消える。
両方とも あ な た だ。
動いているあいだは使うことができるものだ。
両方 使いなさい !
もしあなたが 右側だけに耽溺したら
―――たくさんの人たちが そうであるように―――
そうなったら あなたは片輪になる。
左足が使えなくなって、たとえ立てたとしても びっこになり、そのうち だんだん死んだようになる。
動くが いい !
そして、絶えず あの 不 動 の中心を 覚えていなさい。
為すが いい !
そして、絶えず 無 為 の者を 意識していなさい。
努力するが いい !
そして、 無 努 力 の ままでいなさい。
ひとたび あなたが
対立するもの、矛盾するものを使う この秘密の錬金術を 知ったら
あなたは 自由になる
が、そうでなかったら
あなたは 内側に監獄を つくってしまう。
私のところに来る人々で、こんなことを言う 人たちがいる。
どうして私に こんなことができましょう ?
こんなことは やったこともありません。
先日も、或る人が来て私に 言った。
どうして こんな活動的な瞑想が できましょう ?
私は何年ものあいだ、ずっと静かに坐って瞑想してきたんですよ―――
この人は 選んだのだ。
しかも、それは彼を どこにも到らせは しなかった。
さもなければ 私の許(もと)に来る必要など なかったはずだ。
だが 彼には 活動的な瞑想はできないと言う。
なぜなら 彼は、非活動的な姿勢で 自分を確認しているからだ。 ふむ?
それでは だんだん 凍りついていくばかり―――
もって動きになることだ !
動きとなって、〈生〉が 流れるのを ゆるしなさい。
ひとたび あなたが
対立するものどうしの あいだにバランスが可能だと 知ったら
ひとたび、それを ちらりとでも垣間見たら
そのときには あなたは その術を知ったのだ。
そうなったら〈生〉の どの次元においても
あなたはバランスを 簡単に得られるだろう。
いや、実のところ
あなたが 得 ら れ る というのは いい言い方ではない。
ひとたび あなたが そのこつを 知ったなら
何を しようとも、バランスのほうが影のように あなたについてくる。
対立するもののあいだの この内なるバランスこそ
人間に起こりうる もっとも有意義な ことだ―――
四日目の朝(1974年5月13日)
質疑応答「竜巻の中心……」05 おわり