saleemのブログ

「 先ず一歩 内なる旅に 友は無し 」Zen柳

第七章 「宝もの The treasure 」 (06)

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現実の中に 夢はない。
したがって、真実を知りたい者は 夢見をやめなくてはならない。


インドでは、人間の意識を 四つの段階に分ける。
その第一の段階を、通常の 覚めた意識という。
今 現在、あなたは 通常の覚めた意識の状態にある。
通常の覚めた意識とは どういうものだろうか。
あなたは 覚めているように見える。
だが、そうではない。
少しだけ覚めてはいるが、覚めている部分が少なすぎて 眠っているのと大して変わらない。

あなたは 歩いて家に帰れる、自分の妻や 夫の見分けがつく、車の運転ができる、こうしたことには、少し覚めているだけで充分だ。
覚めている わずかな部分によって ある事柄に熟練する、ということでしかない。
だがそれは、きわめて小さな意識であり、いともたやすく使い果たされ、いともたやすく失われる。
誰かが あなたを侮辱すれば、腹を立てて 意識的でなくなる。
それで、多くの人は 腹を立てたあと、「なぜ そんなことをしたんだろう ?
どうやって ? どうしてそんなことができたのだろう ?
思わず やってしまった」と 言う。
そう、その人たちは正しい。
意識を失ったため、思わず やってしまったのだ。
怒って、激情に駆られて、人々は 自分を失う。
少し覚めていれば、けっしてやらないことを やってしまう。
殺人だって、破壊だってする、自分をだめにすることもある。

通常の 覚めた意識は、言葉の上で 覚 め た と 言われているだけで、奥底では夢が 続いている。
氷山の一角が 覚めているに過ぎず、全体が 下に、 闇の中にある。
時々 観察してみればいい。
どこでもいいから 目を閉じて内側を覗く。
夢が雲のように あなたを包んでいるのがわかるだろう。
日中 好きなときに椅子に座り、目を閉じ、くつろぐ。
すると、 突然、夢が始まったのが わかるだろう。
実を言うと、夢は 始まった のではない。
夢は 続いていたのだ。
日中、星が空から消えるように、夢も 消えたように見える。
実際のところ、星は消えない。
星は そこにあるのだが、日光のせいで 見えなくなる。
深い井戸、非常に深く 暗い井戸に入り、そこから 空を眺めれば、たとえ真昼であっても、いくつか星が確認できるだろう。
星は そこにある。
夜が来て 再び現れるのではない。
星は、二十四時間 ずっとそこにある。
どこにも行かない、日光が 星を隠すのだ。

夢見についても、まったく同様のことが言える。
夢は 表面直下にあり、真下で続いている。
一番上のところは 覚めた意識の薄い層で、その下には 千と一つの夢がある。
いつでもいい、目を閉じてみなさい。
自分が夢を見ているのが わかるだろう。

それで、人々は瞑想を始めると 大きな困難に陥る。
人々は 私のところにやって来て、「何だか おかしい、変ですね。 こんなに多くの思考があるなんて、考えてもみませんでした」と言う。
彼らは目を閉じたことがなかった、くつろいだ姿勢で 座ったことがなかった、そこで何が起こるか見ようとしたことがなかった。
外の世界と 関わり過ぎていたから、それに没頭し過ぎていたからだ。
没頭していて、内側で 絶え間なく起こっていることに 気づかなかったのだ。

インドでは、通常の覚めた意識を 第一の状態という。
第二の状態は 夢見だ。
目を閉じているときは、常にその状態にある。
夜は ずっと、ほとんどずっと その状態にある。
朝に 夢を覚えているかどうかは、さほど重要ではない。
あなたは夢を 見続ける。
少なくとも 八回の夢を見る周期がある。
一つの周期が 十五分か 二十分続き、空白、それから別の周期、空白、そしてまた別の周期。
一晩中 あなたは、夢また夢と 夢を見続ける。
これが意識の 第二の状態だ。

この話は、意識の第二の状態に関わっている。



(06)終わり・・・(07)へ 続く