読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

質問---OSHO, 「生は、生と死、善と悪、平和と暴力、やさしさと残酷さという二律背反の内に存在する」とおっしゃいました。 05

(…カール・グフタス・ユングは、とても奇異なアイデアを提起した。
彼はそれを シンクロニシティー(共時性)と呼んだ。
彼は言う。
「何が起ころうと、それに対応する進化した世界が存在する」と。)


だから、あなたは何もできない。

もし知識が進めば 無知が深められ、もし健康が増進すれば 病気が激増する。

もしあなたが 良い人間になれば、どこかで 誰かが 悪い人間になるかもしれない。

そして 何も間違っていない。
それは、単なるバランスだ。

世界は良い人たちばかりではない。
もし良い人たちばかり世界にいたら、退屈で どうしょうもないだろう。

マハトマばかりの世界を 考えられるかね?
それなら、全世界が自殺してしまうだろう。
そういう世界に 一日生きているだけでも、退屈で どうしょうもないだろうから。

周り全部が マハトマだ!
彼らのせいで、あなたは ただ死んでしまう。

いいかね、生は 絶えず、二つのものが相反している。

豊かさは、その反対のものから 訪れる---
貧しさと 豊かさの 両方が存在することから訪れる。

宗教は それらの二つを選択しない。
宗教はただ、その両極性を理解し、取捨選択しない という態度を保つ。
宗教的人間は 選択なしで生きる。

もし 彼が健康なら、彼は健康だ。
もし 彼が病んでいるなら、彼は病んでいる。

病んでいる時、彼は 自分が病んでいることに、くつろいでいる。

彼は 健康を渇望していない。

彼が健康であれば、その健康さに くつろいでいる。

彼は そのことを 気にしない。
彼は それらの両極を、何の選択もなく、楽に動くことができる。

そして徐々に、彼の動きは 緩慢になる。
それらの動きは、ますます短く 短く短くなっていき、まったく揺らがない状態がやって来る。

その 揺らぎのない状態は、無選択からやって来る。

もしあなたが 選択すれば、あなたは 揺らぐ。

もし 選択すれば、その反対のものを作り出す。

それは とても逆説的に見える。


私は こう言いたい。
「良い人間であろう としないことだ」
良い人間であろうとすると、悪い人間に なるだろうから。

ひとかどの人間に なろうとしないこと。
ひとかどの人間に なろうとしたら、正反対の人間に なるだろうから。


だから、無選択の態度を保っていることだ。
何が起ころうと それにゆだねることだ。

起こらせればいい。

が、それは難しい。


もし怒りが やって来たら、そのままにさせればいい。
その時、選択しないこと。

もし愛が やって来たら、そのままにさせておきなさい。
選択しないことだ。

すると すぐに、愛もやって来ないし、怒りもやって来ない日が 訪れるだろう。

もし選択したら、あなたは それに捕まる。
そうすれば、あなたは輪の中にあり、その影響力が自動的に あなたの上に働きかける。
一つのものから別のものへと あなたが変え続けるなら・・・・・・


それは、絶えざる反復のプロセスだ--- 生全体が、ただ 一つのものから 別のものへと、揺れ動いているに過ぎなくなる。


だから、軽業師にならないこと---

ロープから 降りなさい。


それは、こう考えればいい。

あなたが地面を歩いている時、ごく狭い幅の部分を歩ける。

チョークで、狭い幅を白線で区切って作れる。
そして その幅の中を、左にも 右にも 揺れ動かずに歩ける。
何故か?
今度は 二つの家の間に、二つの屋根の間に、それと同じ幅の板を渡す。

さあ、そこを歩いてごらん!

歩けないということが わかるだろう。
何故だろう?

地上にある 同じ幅の板なら、いとも簡単に歩くことができるのに。

が、同じ幅、同じサイズの板が 二つの家の 屋根の間にかかっている。
そこを渡るとなると、あなたは 一歩も歩けない。

あなたは 揺れ始める。 何故か?

その時、あなたは 自分が 落ちるかもしれない と意識する。

その時、あなたは あることを選択した。
あなたは 落ちないことを 選んだ。

さあ、そうなると 安心して歩けない。
そこには 落ちないという 選択がある。

あなたは 選んだ。
その選択のために、その歩みすべてが、落ちる方へ向いてしまう。

そこであなたは、右へ左へと バランスを取るために、揺れ動かなければならなくなる。


生は ちょうどロープ--- とても細いロープのようだ。

もしあなたが あることを選択したら、揺れ動くことを選ぶ。


善でもなく 悪でもない---:それが 唯一の 善だ。

これでもない、あれでもない--- それが 唯一の宗教だ。

ウパニシャッドは言う。
「ネティ ネティ--- これでもない、あれでもない」と。


あなたは 選択しない!

それは、努力なしの理解だ。

それは、単純な 理解だ。



( 質疑応答…おわり )


「究極の錬金術 Ⅱ 」古代の奥義書 ウパニシャッドを語る by OSHO,

(翻訳者) スワミ・ボーディ・イシュワラ
(発行所) 市民出版社