…「Intuition」OSHO ④

P. 26~
(…知性は、知性を超えたところには何もないと考える人にとっては障害物となりうる。
知性は、知性を超えたところに何かが存在すると理解する者にとっては美しい通路となりうる。)


 科学は 知性にとどまっているーーそのために科学は 意識に関しては理解することはできない。
直観が目覚めていない知性は 世界で最も危険なものの一つだ。
そして、私たちは 知性の危険性のもとに生きている、なぜならば、知性は科学に途方もない力を与えているからだ。

しかし、その力は 子供たちの手の中にある、賢い人々の手の中ではない。

 直観は人間を賢くするーーそれを悟りとよぼう、それを覚醒とよぼう、これらは知恵の違う呼び方にすぎない。
知恵者の手によってのみ、知性は美しい召使として使うことができる。

 そして、本能と直観は完全にいっしょに よく機能することができるーー 一つは 肉体的なレベルで、もう一つは スピリチュアルなレベルでだ。
人間の起こしているすべての問題は その中間で行き詰まっている。
マインドの中、知性の中でだ。
そこでは、あなたは みじめであり、心配があり、苦悩があり、無意味さがあり、解決がどこにも見えない緊張のすべてがある。

 知性は すべてを問題にし、解決法を全く知らない。

本能は 問題を作らない、だから解決法も必要としない。
それは ただ自然に機能する。

直観は 答えそのものだ。
それは 何の問題もない。

知性は 問題だけだ。
それには答えがない。

 もしあなたが 正しく違いを見ることができれば、理解することは易しい、すなわち、あなたの 本能が働かなければ、あなたは 死ぬだろう。
そして、直観が働かなければ、あなたの生には意味がないーー あなたは ただ だらだらと生きているだけだ。
それは 一種の植物人間だ。

 直観は 意味、輝き、喜び、祝福をもたらす。
直観は 存在の秘密、途方もない静寂、落ち着きをもたらす。

それは 誰からも邪魔されることがなく、だれからも奪われることはない。

 本能と直観が一緒に働くと、あなたは 知性も正しい目的のために利用することができる。
さもなければ、あなたは 手段はわかっても結果がでない。
知性は結果を考えつかないのだ。
このことが 今の世界情勢を引き起こしているのだーー科学は ものをどんどん作り出しているが、なぜそうしているのかを知らない。

政治家たちは これらのものを、それが破壊的であることを知らないで、使い続けている。
だから彼らは 地球の自殺を用意しているようなものだ。
世界は 知性を超えて、直観の静寂さに導いてゆくことのできる 途方もない反逆を必要としているのだ。

「直観」という言葉そのものが理解されなくてはならない。

あなたは tuition (指導)という言葉を知っているだろうーー指導は 外側からやってくる 誰かがあなたに教えるのだ。
個人的な教師だ。

しかし、直観はあなたの 存在から起こる何かを意味している。
つまり、それは あなたの潜在的な力だ、だからそれは intuition と呼ばれている。
知恵は 借りるものではない。
借り物は 知恵にならない。
もし、あなたが 自分の知恵を持たなかったら、あなた自身のヴィジョン、あなた自身の明晰さ、あなた自身の 見る目を持たなかったなら、あなたは 存在の神秘を 理解することはできないだろう。

 私に関する限り、私は全くの直観信奉者だ。
私をそうさせてほしい。

 どの宗教も、あなたの直観を邪魔するようにと教えてきたーー断食は あなたの本能の邪魔をしているだけではないかね?
あなたの身体は 腹が減っている、そして食べ物を求めている、それなのに あなたはスピリチュアルな理由から腹ペコでいる。
あなたの存在は 変な霊性に とりつかれてきている。
スピリチュアリティではない、それは単に バカ(stupidity)にすぎない。

あなたの本能が水を求めている、のどが渇いているのだよ、あなたの身体が それを必要としているのだ。
しかし、あなたの宗教は・・・ジャイナ教は 夜には水を飲んではいけないと誰にも水を飲むことを許さない。
身体に関する限り、インドのような暑い国では特に夏は身体が渇きを覚えるーーそして、面白いことに、ジャイナ教は インドだけにある。
私の子供時代、私は夜、水を盗み飲まなければならなくて、罪悪感を覚えたものだ。
私は 暑い夜には少なくとも1回は 水を飲まなければ眠ることができなかった。
しかし、私は 自分がしてはいけないことをしている、自分は罪を犯していると感じたものだった。
奇妙で馬鹿げた考えが 人々に押し付けられているのだ。

私は 本能の味方だ。
そして、これはあなた方に明かしたい秘密の一つだ。

もしあなたが 本能に 全面的に賛成であれば、直観への道を 見つけることは易しいだろう。

それらは 違うレベルで機能しているけれど、両方とも同じものだからだーー 一つは物質的レベルで、もう一つは スピリチュアルなレベルで機能する。

あなたの本能的な生を 罪の意識を感じないで、完全に喜びをもって受け入れれば、それは 直観のドアを開くのを助けてくれるだろうーーなぜなら それは違うものではなく、活動のレベルが違うだけだからだ。


Pp. 26-28

「Intuition」OSHO

訳者/山川紘矢+山川亜希子

発行/株式会社KADOKAWA