saleemのブログ

「 先ず一歩 内なる旅に 友は無し 」Zen柳

第2話・・・Q&A 二番目の質問 (02)

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あなたは,“私の明け渡しは目標志向です” と言う
自我(エゴ) はつねに目標志向だ

それはいつも貪欲で,いつも略奪ばかりしている
それはいつも,もっと,もっと,もっと と追い求める
それは “ もっと ” の中で生きているのだ
もしあなたが お金を持っていれば
それは もっと多くのお金を欲しがる
もしあなたが 家を持っていれば
それは もっと大きな家を欲しがる
もしあなたに 女の人がいれば
それは もっときれいな女の人を欲しがる
だが,とにかく それはいつも “もっと” を求める
自我(エゴ) というものは絶え間なく腹を空かせているのだ
それは未来に生き,そして過去に生きている
過去の中では,それは貯蓄屋として生きる
これとこれと これを自分は持っている ーー
それは「自分が何かを持っている」ということに 大きな満足を得る
力,地位,金 ーー
それが自我(エゴ)に 一種のリアリティーを与えてくれる
それは,「こういうものを持っているからには
自分というものが いるに違いない」という観念を与えてくれる
そして,それは未来の中では “もっと”への情熱とともに生きる
それは記憶として,そして欲望として生きるのだ


目標とは何だろう ?
ひとつの欲望 ーー
自分はそこに達しなければいけない
自分はそうならなくてはいけない
自分は成し遂げなくてはいけない・・・
自我(エゴ) は現在には生きていない
生きられないのだ
なぜならば,現在というのは本物だから !
そして自我(エゴ) というのはニセ物だ
その二つは けっして出会わない
過去というのは ニセ物だ
それは もうありはしない
一度は,それはあった
だが,それが現在であったときには 自我(エゴ) はそこにいなかった
ひとたび それが消え失せるや,それが実存的なものでなくなるや
自我(エゴ) が それを横取りしはじめる
それを貯め込みはじめる
それがぶんどり,貯め込むのは死んだものばかりだ
自我(エゴ) というのは墓場なのだ
それは屍を,骸骨をかき集める


一方では,それは 未来に生きる
またしても,未来というのは まだ来ていないものだ
それはイマジネーションであり,幻想であり,夢だ
自我(エゴ) はそれと一緒に生きることもできる
いとも簡単だ
ニセ物どうしというのは とてもウマが合う
円滑なものだ
何でもいい,実存的なものを持ち込んでごらん
自我(エゴ) は消え失せる
それだからこそ
〈現在〉にいる,い ま こ こ にいることを強調するのだ
まさに この瞬間 ーー

もしあなたに 冴えた知性があったら
私の言っていることを考える必要など何もない
あなたは ただただそれをまさにこの瞬間に見て取ることができる

自我(エゴ) など どこにある ?

そこには 静寂がある
そして,そこには何の過去もなく
そこには 何の未来もない
ただ この瞬間だけ・・・
そしてこの犬の鳴き声 ーー
この瞬間 ーー
あなたは いない
この瞬間を あらしめてごらん
あなたは いない
そして,そこには 途方もない静寂がある
そこには 深い静寂がある
内も外も ーー

そうしたら,明け渡す必要など何もない
なぜならば
あなたは 自分がいないということを 知っているからだ
自分がいない ということを知ることこそが 明け渡しなのだ


(03)へ続く