…FBで、友人が投稿している記事をシェアします。

(OSHO 講話の抜粋です---)

最初に
エゴが消え失せ、 
その後に
エゴの不在も消え失せる。

そうして初めて
真に空虚になる。
真に空虚だということは、
真に満たされていることだ。

エゴの不在によって
生み出された、 
この内的空間こそが
<神>だ。
<神>とは
どこか外から
やって来るものではない。

あなたはすでに神だ。

ところが、
あなたはエゴで
充たされているから、
神を認識することも、
観ることも、
触ることもできない。

エゴという
皮膜のような障害が
邪魔している。
エゴが落ちるとき、
その障害は落ちる。
もはや膜は無い。

別に何かが
到来するわけではない。
到来すべきものは、
すでに存在している。 
何か新しいものが、
到来するわけではない。

可能なものは、
全て
すでにそこに在り、
現実となっている。

だから
問題なのは、
達成することではなく、
発見することだ。
財宝はそこに在る。
ただ覆われている....
その覆いを
取り除くことだ。

仏陀が悟りを開いたとき、
何度もこう尋ねられた。
「あなたは何を得たのか。
 何を達成したのか?」
仏陀はこう言ったそうだ。

「何も達成していない。
 むしろその逆に、
 自己を失った。
 達成したものは、
 すでにそこに在った。
 だから
 私がそれを達成したとは
 言えない。
 かつては
 それに気づいていなかったが、
 今は
 それに気づいている。
 だから
 私がそれを
 達成したわけではない。
 むしろその逆に、
 かつて
 それを知らないでいたことが、
 不思議に思える。
 それはすぐそばに在った。
 振り返りさえすればよかった。」

神性とは
未来ではない。
神性とは現在だ。
それは、
今ここに在る。

今この瞬間、
あなたはそれだ。
でも
気づいていない。 
正しい方向を観ていない。 
あるいは、
それに同調していない。
それだけだ。

・・・

空虚とは、
あなたの最奥の中心だ。 
一切の行為は表層上にある。
最奥の中心は、
全くの零だ。 
一切の現れは表層上のものだ。
あなたの存在の最深の核は、
現れることのない空虚だ。

仏陀
それに名前を与えた、
シュニャータだ。
その意味は
「無」あるいは「空(クウ)」だ。
これこそ
あなたの本性。
これこそ
あなたの存在だ。

そして、
この無から一切が現れ、
この無へと一切は還る。

この空虚は源泉だ。
この空虚を充たそうと
考えてはいけない。
この空虚を
充たそうと考えると、
なお一層の
エゴを生み出してしまう。 
エゴとは、
この空虚を
充たそうとする努力だ。


Osho - The Secret Of Secrets