…「Intuition」はしごの三本の横木 ① OSHO

P. 30~

  はしごの 三本の横木

 直観は はしごの一番高い横木で、それは 意識のはしごだ。

意識のはしごは 三つの部分に分かれている。
最も下にある第一段が 本能だ、第二段目、真ん中が 知性、そして三番目、最も高い段が 直観だ。

 本能は instinct. 知性は intellect. 直観が intuition で、これら三つの言葉には すべて in が使われている。
それは重要なことだ。
それは これらは生まれながら (inborn) の資質だということを意味している。
あなたは これらを学ぶことはできない。
外部の助けを借りて発達させる方法はない。

 本能は 動物の世界だーーすべてが本能だ。
時には 他のものではないか という指標が見つかるが、それは あなたが投影したものだ。

たとえば、あなたは 動物に愛を見ることができるがーー母親が 子供を愛情深く、面倒を見ている様子からーーあなたは これは本能ではなく、もっと高いものだ、生物的なものではないと思うことができる。
しかし、それは より高いものではなく、単に生物的なものにすぎない。

母親は 自然の手の中で ロボットのようにそうしているだけなのだ。
彼女は どうしようもないのだーー彼女は そうせざるを得ないのだ。

 多くの動物においては 父親は本能的な父親らしさをもっていない。
反対に 多くの父親は 自分の子供を殺して食べてしまう。
たとえば、ワニの場合は 子供の命は非常に危険にさらされている。
母親は保護的で、子供の命を守るために 闘う、しかし父親は おいしい朝食にありつこうとする!

父親父親らしくふるまおうという本能が全然ない。
事実、父親というのは 人間的な慣行なのだ。
ワニの母親は 子供を父親から守るために 自分の口の中に隠さなければならない。
彼女には 大きな口があるーー女性は みんな大口、おしゃべりだーー彼女は ほとんど1ダースの子供を 口の中に隠すことができる。
母親の 口の中で、あの危険な歯のそばで、子供たちは完全に安全だ。

子供たちにとってもっとむずかしいことは、どっちが母親で、どっちが父親か見分けることだ、なぜならば、両者はとても似ているからだ。
そのため、子供たちは、時々 父親に近寄ってしまい、彼の 口の中に隠れようとする。
それで 永遠にお陀仏だ。
彼らは 二度とオテントウ様を見ることはない。

 しかし、母親は闘って子供を守ろうとする。
おそらく、自然が ワニに あんなにも沢山の子供を授けたのは そのためだろう。
母親は 1回に12匹も育てる、それも毎年のことだ。
もし、彼女が そのうちの2匹をなんとか守ることができれば、ワニの人口は同じ数を保つことができる、しかし、彼女は 子供のほとんど半数を守り抜くのだ。

 これを見ている誰もが、父親は なんと残酷なんだ、何の憐れみもなく、何の愛も ないではないか、それに引き換え、母親は なんと母親らしい行動をするのだろう、と感じるだろう。

しかし、あなたは あなたの考えを 投影しているだけなのだ。

母親が守っているのは 意識的な理由があってのことではない。
彼女の ホルモンが守っているのだ。
父親には これらのホルモンがない。
もし、彼に ホルモンが注射されたら、彼は 自分の子供を殺しはしないだろう。

だから、これは化学の問題だ、心理的なものではない。

生化学以上の何物でもない。


 人間の 生の90パーセントは まだ動物の世界だ。
我々は 本能によって生きている。


Pp. 30-32
「Intuition」OSHO

訳者/山川紘矢+山川亜希子

発行/株式会社KADOKAWA