…「Intuition」OSHO ⑤

P. 28~
(…あなたの本能的な生を罪の意識を感じないで、完全に喜びをもって受け入れれば、それは直観のドアを開くのを助けてくれるだろうーーなぜならそれは違うものではなく、活動のレベルが違うだけだからだ。)

そして、本能が何の音も発せず、美しく、静かに機能するように、直観も同じように働くーーそして、もっと静かに、もっと ずっと美しく。

 知性は 妨害者だ。
しかし、それを妨害者とするか、それを踏み石として利用するかは 我々次第だ。
あなたが 通りで石に出会ったら、あなたは それを邪魔ものにするか、より高い面に上がる 踏み石に使うかだ。

本当に理解しているものは 知恵を踏み石として使う。
しかし、大衆は「あなたの知性を 本能を抑える力として使え」という宗教の教えにコントロールされている。
人々は 本能と闘い、直観についてのすべてを忘れる。
彼らの全エネルギーを 自分自身の生命力と闘うために費やすのだ。
そして、あなたが いつもあなたの本能と闘い続けていると・・・・・・。


 ジャイナ教の僧侶は 一年中、裸でいるべきだとされている。
冬であってもだ、寒い夜であってもだ。
彼は マットレスも使えない、彼は 毛布も使えない、彼は 身体を覆うものを何も使ってはいけないのだ。
昼も夜もだ。
彼は 断食をしなければならない。

彼が 断食を 長くすればするほど、同じように条件づけられた人々の目には より偉大な聖人に見えるのだーー 30日間、40日間・・・・・・
これは身体との闘いだ。
これは 身体と物質を征服することだ、これは身体を征服するスピリットだ。
すべての宗教が、ちがう迷信によって 同じような状況に陥っている。
彼らは あなたの知的なエネルギーを本能と闘わせ、あなたの直観が花を咲かせるすべての可能性を だめにしているのだ。

 直観は神秘のバラであり、それはあなたを究極の喜び、そして不死の生命に導いてくれる。
しかし、人々は 死んだ過去の手に 完全に掌握されているようにみえる。
古い文献が何を語ろうと 彼らはそれをやり続けている。
人間の科学全体を 考えもしない。


 これらの三つが 人間の科学全体の層をなしている。
本能は リラックスした流れに乗せるべきだ。

どんな理由であれ、知性は その邪魔をしてはならない。
そして、
知性は 直観を開くために使われなくてはならない。

知性は 人生のかじ取りを 本能に任さなければならない。

そうすれば、あなたの生は 図り知れない光に満ち、輝かしい人生になるだろう。
人生がいつもお祭りのようになる。

Pp. 28-30

「Intuition」OSHO

訳者/山川紘矢+山川亜希子

発行/株式会社KADOKAWA