…FB で 友人が投稿している記事です。

( 講話 抜粋 )

その通りだ。
愉快なことではあるが、
誰かがそれを始めなければならない。
私たちは世界がこれほど深刻ではなく、
もっと感受性豊かになってほしい。
誠実であるのはもちろんだが、
けっして深刻ではなく――
私たちは世界に、
ユーモアの感覚は
宗教的な人間の
もっとも基本的な資質の
ひとつだということを学んでほしい。

もし笑うことができなかったら、
あなたは生の多くのことがらを見逃す、
多くの神秘を見逃す。
笑いは、
あなたを幼い無垢な子どもにする。
笑いは、
あなたと存在を結びつける――
とどろく大海を、
星たちと彼らの沈黙を、
あなたと結びつける。

笑いは、
あなたを世界の孤独な吟遊詩人、
知性の育った吟遊詩人にする。
とういうのも、
笑えるのは
知性のある人びとだけだからだ。
動物たちに
笑う余裕がないのはそのためだ――
彼らにはそれだけの知性がない。

試してみるといい――
バッファローに冗談を言って、
どうなるか見てごらん。

が、
尊敬されるには
まず深刻さこそが欠かせないものだ、
とつねに教えられてきたために、
誰もが深刻になってしまった。
彼らが深刻なのには、
なにか理由があるわけではない。
だが、
その深刻さが
今では彼らの第二の天性になっている。
彼らは、
深刻さは病気だということを
完全に忘れている――
深刻さとは、
ユーモアの感覚が
自分の中で死んでいることを
意味しているのだ、
ということを。

さもなければ、
生全体はまわり中、
愉快なことで満ちあふれている。
もしあなたにユーモアの感覚があったら、
悲しくなっている時間などないことに
驚くだろう――
あらゆる瞬間ごとに、
あらゆるところで、
なにかしら起こっている。

私の使命は確かに、
人類全体に笑いをもたらすことだ――。
人類は笑いを忘れてしまっている。
そして笑いを忘れたら、
あなたはいつも歌を忘れ、
愛を忘れ、
ダンスを忘れる――
笑いだけを忘れるというわけではないのだ。
笑いは、
いくつかの資質が
独自に組み合わされているものだ。
深刻さも
いくつかの資質が
独自に組み合わさっているように――。

笑いを忘れたら、
あなたは愛を忘れる。
悲しい顔をして、
女性に「愛してるよ」なんて
どうして言えるかね? 
少しは笑わなくてはいけない。
深刻な顔をしていては、
ちょっとしたことすら言えない。
人びとはすべてを
あまりにも深刻に取りすぎるから、
それが重荷になる。
もっと笑うことを学ぶがいい。
私にとって、
笑いは祈りと同じくらい
神聖なものだ。


Osho - Sermons in Stones