…FBに 友人が OSHOの抜粋講話を投稿された記事です。

(講話を抜粋)

つねに、
独りであること(aloneness)と
孤独であること(loneliness)の違いを
心にとめておきなさい。

孤独であること、
というのは傷に似ている。
孤独であると言うことは、
あなたが
他人を欠いているという意味だ。
孤独であるということは、
あなたが絶えず他人のことを考えている、
絶えず他人に憧れているという意味なのだ。
他人があなたの幻想の中に、
あなたのマインドの中に、
あなたの夢の中につきまとう。
その他人は本物じゃない。
それは架空のものだ。
しかし、
とにかくそれはそこにあり、
それが本物でないために、
あなたは孤独を感じる。

あなたが自分の(独りであること)を
感じはじめるとき、
他人と言うのは
あなたのマインドから完全に落ちている。
それはもうあなたの夢に影を落とさない。
それはもうあなたの純粋性に触れてこない。
そうしたら、
あなたは自分自身にハッピーだ。
あなたは自分自身に恍惚としている。
あなたは自分自身を楽しんでいる。
いまや、
生まれて初めてあなたは自分の実存と、
そして自分の非実存と同調している。
あなたは(全体)だ。

いまなら
あなたは愛することができる。
いまなら
愛は流れることができる。

しかし、
いまや愛はひとつの分かち合いであって、
逃避ではないだろう。
もうあなたは行って、
あなたの実存を、
そしてあなたの非実存をも、
分かち合うことができる。
あなたは、
あなたの全体性を分かち合うことができる。
いまやあなたは、
あなたのオープンさに対して
オープンな人であれば、
誰でも手を広げることができる。
いまなら、
あなた方は
永遠の旅の道連れになることもできる。

こうした愛は、
所有のものではあるまい。
なぜならば、
あなたはいつでも
独りになる用意があるからだ。
実際のところ、
あなたは独りで幸福なのだ。
一緒にいてもまた幸福だ。
あなたは選ばない。
両方ともいい。
何がどうであれ、
あなたは幸福を感じる。
あなたの幸福はもうぶち壊され得ない。
他人はそれを楽しみ、
それを分かち合うことができる。
だが、
それを破壊することはできないものだ。

あなたはそれを
分かち合うことも出来れば、
それを配ることもできる。
そして、
あなたはそれを
世界に与えてあげることもできる。
あなたは、
それで全世界を
幸福にできるほどのものを持っている。
そして、
それは成長しつづけてゆく。

それを与えれば与えるほど、
あなたはもっともっと多くの
それがあることを見出す。
もうあなたはけちん坊じゃない。
もうあなたは、
便秘してはいない。
あなたは閉じてはいない。
怖がっていない。
あなたは与えられる。
分かち合うことができる。

なぜならば、
あなたは自分の非実存をも知っているからだ。
もうあなたは、
非実存でいることを怖がらない。
いまやあなたは、
それが自分の存在の一部であり、
自分の実存の美でもあることを
はっきりと知っている。

それは、
あなたが足を踏み入れることのできる、
あなたの内なる空間(スペース)だ。
内なる社、
本当の寺院はあなたの中に存在するのだ。


Osho - TAO 老子の道