…「OSHO 抜粋講話」友人のFB 投稿記事をシェアします。

われわれは
深い眠りのなかで
幻を見て生きている。
希望、未来、明日という幻。
人は、
その現在の状態では、
自己欺瞞なしでは
生きていけない。

ニーチェが言うには、
人は真実と共には
生きられない。
夢、幻、嘘なしには
生きられない。
ニーチェの言うことは本当だ。
人間は、
その現在の状態では、
自己欺瞞なしでは
生きていけない。
これを深く理解する必要がある。
これを理解しないかぎり、
ヨーガと呼ばれる
探求の道に
入ることはできない。

マインドを
深く理解する必要がある。
嘘を必要とするマインド、
幻を必要とするマインド、
リアルなものには
直面できないマインド、
夢を欲しがるマインドを。
人は夜にだけ
夢を見るのではない。
目をあけているときでさえ、
あなたは夢を見ている。

・・・

現在というのは、
多くの場合、
地獄を意味する。
この地獄を我慢できるのは、
未来に希望を
投げかけているからだ。
明日を夢見ているから、
今日を生きられる。
明日には何かいいことが起こる、
楽園の扉が開くかもしれないと、
あなたは思っている。
それが
今日起こることはない。
だが、
その明日がやってきて、
明日が今日になったとき、
あなたのマインドは、
そのまた先のことを
考えている。

あなたはいつも、
自分がいるところの先を見ている。
夢を見ているというのは、
まさにそういうことだ。

あなたは、
現実と結ばれていない。
いまここに、
身近にあるものに触れていない。
あなたはよそにいる。
自分の先回りをしている。

・・・

このようなマインドは、
ヨーガの道に入れない。
ヨーガとは、
真実を知るためのメソッド、
夢を見ない精神に
到達するためのメソッドだ。
ヨーガは、
いまここに在るための科学だ。
ヨーガは、
未来に想いをはせるのを
やめる覚悟ができたということ、
希望を捨てる用意がある、
自分の存在の先回りをすることを
やめる準備ができたという意味だ。
ヨーガとは、
ありのままの現実に
直面することだ。

だから、
自分のマインドに
飽き飽きした人だけが、
ヨーガの道に入れる。
自分のマインドを使って
何かが得られると、
まだ期待しているならば、
ヨーガは、
あなたに向いていない。
全面的な不満が必要だ。
未来に想いをめぐらせる
このマインドは無益なこと、
希望しつづける
このマインドは
馬鹿げていること、
それによって
人はどこにも行き着けないことを、
はっきりと
悟ることが必要だ。
それはあなたの目を
閉ざしてきた、
あなたに麻酔をかけてきた。
それのおかげで、
あなたは
現実を見ないでいられた。
それはあなたを
現実から護ってきた。

・・・

マインドは
麻薬だ。
マインドは
真の世界に敵対する。
だから、
自分のマインド、
自分の存在の有様、
自分のこれまでの生き方に
完全に幻滅し、
それらを
無条件に落とさないかぎり、
道には入れない。

多くの人々が興味は持つが、
道に入る者はわずかだ。
あなたの興味というのは、
マインドの興味かもしれない。
今度はヨーガを試してみたら、
何かが手に入るかもしれないと
期待している。
そこには、
達成に向けての
欲望があるかもしれない。
ヨーガを通じて
完璧な人間になる、
完璧な存在となって
至福を体験するといった。

・・・

そんな理由で
ヨーガに興味を持っているならば、
あなたと、
ヨーガの道の間には
接点はない。
あなたは、
完全に逆の方向に
動きたがっている。

ヨーガとは、
「もはや希望はない、
 もはや未来は無意味だ、
 もはや欲しいものはない。
 だが、
 私には、
 ありのままの現実を
 知る覚悟がある。
 物事がどうなりうるかとか、
 どうあるべきかとかには
 興味がない。
 私は、
 ありのままの現実に興味がある」
という宣言だ。
リアルなもの、
真の世界の体験だけが、
人を解放するのだから。

・・・

完全に絶望しなさい。
未来と希望を捨てなさい。
これは難しい。
リアルなものと
向かい合うには
勇気がいる。
だが、
どんな人間にも、
たまには
そうした絶望が訪れる。
完全な絶望、
完全な無意味さを
感じるときがある。
自分がしている
すべてのことは無益であり、
どんなに奮闘して
もどこにもたどり着かないことを
知ったとき、
突然、
希望は失せる。
未来は消える。
そのときはじめて、
あなたは
真の世界に対面する。


Osho - Yoga - The Alpha and the Omega