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…いわゆる宗教ではなく “宗教性” ---

…友人が FB に投稿している記事です。(OSHO の 講話…抜粋)


私はどんな例外もなく、
あらゆる組織宗教に反対だ。
理由は単純で、
真理は組織されえないし、
愛は組織されえないからだ。
それは、
政治ではないのだ。

これらすべての宗教が、
あなた方を群衆の一部にし、
群衆に依存させてしまった。
これらの宗教は、
あなたの個人性、
あなたの自由、
あなたの知性を
取り去ってしまった。
かわりに
何の意味もない
偽りの信条を与えた。

信条とは、
ただ自分を欺くための
策略にすぎない。

あなたは、
求め、
探求し、
発見する道を
歩み続けたくはない。
それは
骨の折れることだ。
なぜなら、
あなたは多くの迷信を落とし、
真理を知ること、
自分自身を知ることを妨げている
過去からのプログラミングを
解かなければならなくなるからだ。
どんな信条も助けにはならない。
そしてあらゆる宗教は、
信心し、
あらゆる宗教が
信条に基づいている。
それゆえに、
それは「信仰」と呼ばれている。

真理は探求だ、
信仰ではない。
それは問いかけだ。
信条ではない。
それは問い、
探索だ。
この探求を避けるために、
あなたは簡単に騙されるようになる。
食いものにしようと
手ぐすねを引いている誰かの
犠牲者になってしまう。

宗教は死んだ組織ではなく、
全存在に対するある種の宗教性、
愛情深いハート、
親しみ深さであるべきだ。
そういうもののためには、
どんな聖典もいらない。

真の宗教性は、
どんな予言者も、
どんな救世主も、
教会も、法王も、
聖職者も必要とはしない。
なぜなら、
宗教性とは
自分のハートが花開くことだからだ。

宗教性とは、
個人的なことだ。
それは、
あなたから全宇宙への
愛のメッセージだ。
その時初めて、
あらゆる誤解を超える
平和が訪れるだろう……
そうでなくとも、
こうした宗教が
これまで寄生虫でありつづけ、
人びとを食いものにし、
人びとを奴隷化し、
人びとに無理やり
信じ込ませてきたのだが、
信条はすべて
知性に反している。



Osho: The Greatest Challange