質問---------「OSHO, 瞑想の途上で、03

瞑想をすると、あなたは 自分一人で、もっともっと楽しく感じるようになるだろう--- 覚えておきなさい ---それは、自分と ともにあるということだ。

自分一人でいる方が、人といるより幸せだ というのは、奇跡だ。

我々にとっては、誰かといると、楽しいか、その人に 怒りを感じるかの どちらかだ。

自分と ともにあって、誰かといるより楽しければ、それは 実際、自分と 恋に落ちているのだ。

そして、あなたが自分と 恋に落ちていたら、怒ることは困難だ。
事の全体が 馬鹿げている。

怒りは どんどん少なくなり、愛が どんどん増していき、哀れみの心が さらに増していくだろう。

それらが、あなたの瞑想における 進歩を示すサイン--- 一般的なサインだ。


だから、光を見始めた ということで、あるいは、ビューティフルな色を 見続けている ということで、自分が多くのことを 達成したと思わないように。
それは それでいい。

しかし、本当の 心理的な変化が起こるまでは、満足を感じてはならない。

怒りの感情が 少なくなり、愛が 増していく。

残酷なものが 少なくなり、哀れみの心が 増していく。

そういうことが 起こらない限り、光を見ようが、色を見ようが、音を聞こうが、そんなものは 子供の遊びだ。

それらは、ビューティフルな体験だ。
とてもビューティフルだ。

遊ぶにはいい---

が、そういうことが 瞑想の目的ではない。
それらは瞑想の 途上で起こる、ただの 副産物だ。

だから、それらに 関心を抱かないこと。



たくさんの人間が、私のところに やって来てはこう言う。
「今や、私は 青い光を見ています。
そのサインには、どんな意味がありますか?
どれくらい、私は進歩していますか?」と。


青い光を見ることは 用をなさない。
あなたの怒りが 赤い色を与えるのだから。

大切なのは、心の あり方が 根本的に変わることだ。
おもちゃに 関わっている場合ではない。

光を見る というようなことは、おもちゃ、スピリチュアルな おもちゃだ。

が、もし あなたが青い光を見るなら、パラマハンサ---至高なるものの実現者になれる!
そういうことが 瞑想の目的ではない。


関係性の中で、何が起こっているかを 観察しなさい。

自分の妻に どんな振る舞いをしているか?
それを 観察するのだ。
どんな変化があるのか?
その 変化に 意味がある。

自分の召し使いに、どんな振る舞いをしているか?

そこに 何らかの変化があるか?
その変化が 重要だ。

もし変化が ないなら、あなたの その青い光を捨ててしまいなさい。
そんなものは 役に立たない。

あなたは 自分を騙している。
自分を だまし続けることはできる。

それらは 簡単にできる トリックだ。

だから、いわゆる宗教家たちは、自分を宗教的だ と感じ始める。
今や その人は「あれを見ている、これを見ている」と言う。

が、その人は、以前と同じままの人間だ。

その人は、以前より悪くなってさえいる!


瞑想の進歩とは、あなたの関係性の中で観察されねばならない。

関係性は鏡だ。
そこに 自分の顔を見なさい。

関係性が鏡であることを、常に心に留めておきなさい。

もしあなたの瞑想が 深くなっていたら、あなたの関係性は変わる--- まったく違ったものになる!


…04へ 続く


「究極の錬金術 Ⅱ 」古代の奥義書 ウパニシャッドを語る  by OSHO,

(翻訳者) スワミ・ボーディ・イシュワラ
(発行所) 市民出版社