質問…「OSHO, いつかあなたは『生は相関関係にある---すべてが関わり合っている』とおっしゃいました…」07

こんな話がある。

仏教の僧侶が 村を通り過ぎようとしていた。
サニヤスを取る前の彼は、その村の人間だった。

同じ村の 美しい娘が その彼を愛していたことがあった。


最初 彼女はその僧侶を見て、自分の愛した人だと認識するのは困難だった。
彼は すっかり変わっていた。
が、顔を見て、自分の愛した人だとわかった。


彼は、大勢の比丘たち、大勢の仏教の僧侶たちと一緒に 移動しているところだった。
彼らは、みんな似通っている--- 同じ衣、同じように剃られた頭、個人の特徴を示すものがない状態だ。

が、彼女は 自分の愛した人を認識した。
そして彼女は その僧侶について行き。
その僧侶に言った。
「騙すことはできません。
私は あなたを知っています。
あなたは あの同じ人です」と。

すると僧侶は
「顔だけは同じだ。が、その同じ人間は もういません。
彼は 死にました」と 答えた。

そこで その娘が言った。
「でも、あなたは 私を愛しました」と。

すると僧侶は
「また同じことを言うが、彼は 死んだのです。
もし彼に会ったら、あなたの話を伝えておきましょう。
あなたが愛した その娘は まだあなたを愛していると伝えておきましょう。
でも彼に会うことは、もう二度とないでしょう」と 答えた。


この 過去を断ち切る という在り方、新しいアイデンティティーに生きる という姿勢、それが、放棄という言葉の本質的な意味だ。



ブッダが 自分の家に帰って来た。

ブッダ父親は 怒っていた。
でも ブッダは こう言った。
「どうか私の話を聞いてください。
私は 昔、この家を後にした シッダールタと同じ人間ではありません」と。

当然のこと、ブッダ父親は ますます怒りの感情を顕にした。

そして こう言った。
「おまえは説教しているのか?
わしは おまえの父親だぞ。
わしが おまえに 命を授けた。
わしはおまえのことを よく知っている!」と。

ブッダは 再びこう言った。
「自分さえ ご存じないあなたに、どうして私のことが わかるでしょう」と。

そのやりとりは、ブッダ父親の怒りに油を注いだ形になった。
彼は ますます怒りの感情に燃えた。

そして叫び始めた。
「おまえは何だ? それが父に対する態度か?
おまえは わしの息子、わしの血と骨だ! それを、何を言うのか?」と。

すると ゴータマ・ブッダは言った。
「どうか 落ち着いてください。
あなたの 家を去ったその人間、あなたと ともに暮らしていた人間は、もう死んでしまったのです」と。



このサニヤスという やり方は、社会が あなたに押しつけた「表皮」から飛び出す方法として使われた。


学問を捨てるには、多くの方法がある。
私が 何度も何度も言っているように、瞑想とは、無学になるための深い方法だ。

あなたが学んだことが 何であれ、それを落とし、捨て去りなさい!

もう一度 白紙に戻しなさい。

社会が 書き込んだものを、何もかも 消してしまいなさい。

白紙に戻すことは 可能だ。
瞑想は そのための技法だ---

学んだことを捨てるのは可能だ。

教育とは 何かを学ぶ 方法だ。

そして瞑想とは、無学になる 方法だ。


あなたが 社会から身に着けた 人格を無の状態にし、古いアイデンティティーを 捨て去って初めて、何か新しいことができる。

さもなければ、あなたは 円の中を回っているだけだ。

その円は とても強力だ。
そこから飛び出すのは 困難ではあるが、不可能ではない。

それが難しいのは、あなたが 決意しないからだ。

もしあなたが 決意すれば、不可能なことは 何もない。

まさに その決意で、変革が始まる。


…08へ 続く

「究極の錬金術 Ⅱ 」古代の奥義書 ウパニシャッドを語る  by OSHO,

(翻訳者) スワミ・ボーディ・イシュワラ
(発行所) 市民出版社