質問…「OSHO, いつかあなたは『生は相関関係にある---すべてが関わり合っている』とおっしゃいました…」01

…その次の日には「すべてのことには、あなたにだけ責任がある」とおっしゃいました。
でも心理学者たちは、人の人格全体の基礎は、家庭や環境の中、その個人がどうしょうもない状況の幼児期、三才から七才にあるといいます。
その矛盾についてわかりやすく説明していただけますか?
 二つ目に、その矛盾にも関わらず、人間の成長の総計は、社会からの影響と同等に、個人の努力にあると言います。
そこで、宗教をしている人間が、社会の構造そのものに画期的な変革をもたらすことが必要ではないでしょうか?」



 それは 逆説的に見える。

いつか私は「すべてが関わり合い、相互に依存し、有機的に機能している」と 言った。

そして その時、私は「あなたの責任だ」と 言った。

これらの声明は 逆説的に見える。が、そうではない---
というのも、私が「あなたの 責任だ」と 言うのは「あなたは 全体なのだ」ということだからだ。

人は どこかからか、始めなければならない。

そして あなたは、他の誰かから 始めることはできない。

実際、あなた という存在は、全体に手を延ばせる 一番近い部分だ。
あなたは 全体の 一部だ。

そして すべてが相互に依存し合っている。

しかし、自分以外の存在の 相互依存の部分は、あなたから はるか彼方にある。

あなたの旅を そこから始めることはできない。

あなた自身から 始めなければならない。


だから私が「すべては 相互に依存し合っている」と 言うのは 哲学的な声明であり、真理--- 人が到達する 真理だ。

そして私が「あなたの責任だ」と 言うのは、それもまた 真理ではあるが、それは 探求者の真理だ。

シッダ--- 真理に到達した者にとってのものではない。
が、道を行かねばならない者にとって、全体に至る旅を どこから始めればいい?


あなたは、私の場所から 始めることはできない。
他の 誰かの場所から 始めることはできない。

あなたは、自分のいる場所から 始めなければならない。

もし あなたが、自分の責任ではない と思うなら、あなたはそこで 道を進むのを放棄し、その時、そこで停滞してしまう。

そうすると、事の全体を 間違った見方で捕らえてしまう。
この 全体の相互依存ということが、役に立たずに 障害になる。

それは あり得る。
我々は、万能薬を 毒に変えてしまう。
そして毒を 万能薬に使うこともできる。

それは、我々次第だ。

二、三、その例を上げよう。
たとえば ブッダ曰く
「達成すべきものの全ては、あなたの中にすでに存在する」
この声明は、二通りに解釈される。

一つは、
「もしそうなら、もう どこにも行く必要はない。
達成すべきものの全ては、自分の内に すでに存在しているのだから」というものだ。

それなら「何もする必要はない。私はまさに、自分のままで オーケーだ!」ということになる。

そういう風に 解釈するとしたら、あなたは とても価値のある真理に 毒を盛ったことになる。


また、ブッダの言葉は もう一つの在り方、まったく別の在り方として解釈される。

ブッダが「あなたは 自分がなり得るものだ」と 言う時、それは 希望を与える。

ブッダが そう言ってくれるのだから、道を達成するのは可能に思える。

あなたは その種を持っている。

その種は 木へと成長できる。

あなたは、種から木へと 成長していける。

ブッダが そう言うなら、種が木になるのは 不可能ではない。

それは 自分の 内に 隠されている。

だから、確信をもって 木へと成長できる。

希望をもって 成長していける。
まったく不安を感じることなく、未知の世界へと進んでいける、と。

そう解釈するなら、ブッダの言葉は助けになる。



私が
「全世界は 調和宇宙、相互依存関係にある」と言うのは、我々 人類は孤島ではなく、無限に続く大陸なのだ という意味だ。

我々は 関わり合っている。

誰も 小さな存在ではない。

誰もが 本当は 全体なのだ。


…02へ 続く


「究極の錬金術 Ⅱ 」古代の奥義書 ウパニシャッドを語る by OSHO,

(翻訳者) スワミ・ボーディ・イシュワラ
(発行所) 市民出版社