質問---OSHO, 「生は、生と死、善と悪、平和と暴力、やさしさと残酷さという二律背反の内に存在する」とおっしゃいました。 04

(……歴史の中で、かつては、我々は戦争を不道徳だと非難したことがあるだろうか?)

我々は戦った。
が、一度も 戦争を非難したことがない。

我々が 初めて戦争を非難したのは、原子爆弾が造られた時だ。

我々は決して 戦争を非難しなかった。
それは 原子爆弾を 一度も造ったことがなかったからだ。

それらの両方が、バランスを生み出している。
その戦争が 決定的であればあるほど、致命的であればあるほど、我々は 戦争に より強く反対する。

反対すればするほど、その戦争は もっと致命的になっていく。



何であれ、あなたが否定したものを、またあなたが 作り出していることになる。



世界は 決して、これほど貧しくはなかった。
私が言うのは「かつて世界は、決して今ほど、貧しさに意識的ではなかった」ということだ。

世界は いつも貧しかった--- 今より もっと貧しかった。
世界はいつも、今よりもっと 貧困にあえいでいた。
時代を 遡れば遡るほど、今よりひどい 貧困を見い出す。

が、その時代は、貧しさが当然のごとく 受け入れられていた。
また、裕福であることは不道徳ではなかった。

現代では、裕福であることが不道徳になった。
豊かな生活をしている者は、罪悪感を感じる。

金持ちの人間が存在する中で 貧乏な人間がいることは、その金持ちの罪だ というようになった。

豊かであることが罪悪感を生み出し、初めて我々は 道徳的になった。
周りに貧困が存在することは、豊かな者によって犯された罪だ と考えられるほどにだ。

一つには、余りに意識し過ぎること。

余りに 自覚し過ぎること。

余りに 道徳的になること。

と同時に、貧しい者が さらに貧しくなった ということ。

経済的には、彼らは そうではない。

が今や、彼らは 自分の貧しさが 心の重荷になっている。

我々のすることは 何であれ、二つの方向に進んでいく。

同時に 二つの方向へと 進展していく。
それで、常にバランスを取る。


宗教は、豊かな世界のためのものではない。
豊かな社会とは、深い貧困、大変な貧困があって 初めて存在し得るからだ。


あらゆる次元において、あなたは 周囲の環境を変えることができる。

あなたは 自分の 名前を変えられる。
が、そうしても、また同じことが新しい形で現れる。


宗教は、バランスの取れた世界のためのものだ---
豊かな世界のためでもなければ、貧しさにあえぐ世界のためでもない。
豊かでもなければ貧しくもない。

が、貧しさや豊かさを 誰も意識しない バランスの取れた世界、そういう世界のことを 理解しようとしてごらん。

そのため、宗教的な世界とは、とても深い現象なのだ。

そうした世界が 誕生するのは、あり得ない変革のように思える。

相反するものが そこにあり、常に存在し続けている。

あなたにできることは、それらを越えて行くことだけだ。



たとえば、別の方向から見てみよう。

人間は、ずっと 死と戦ってきた。
科学の全歴史は、死との戦いそのものだ。
医学の歴史、人間の マインドの歴史は 死との戦いの歴史だ。

現代、人間の寿命は 長くなっている。
人間は今、過去の 歴史の中で最も長い寿命を誇っている。

が、人間社会で、今の人間社会ほど、死を恐れている社会はなかった。

現代の 西洋の人々は、地球で最も長い寿命を手に入れた。

「古き時代、黄金の日々には、人間は 百才まで生きた」と 我々は言い続け、そう聞いてきた。

それは事実ではない。
ただの フィクションだ---
が、その後ろには、真実が隠されている。

みんなが「自分は百年生きた」と 思っていた。
というのも、誰も 自分の年を勘定しなかったからだ。

年を勘定するのは 新しいことだ。
自分の 生まれた日を覚えているのは新しいことだ。

が、覚えておきなさい。
自分の生まれた日を 思い出すことは、自分の死ぬ日が 常に目前にある ということだ。

死を恐れる動物はいない。
動物は 誕生を意識しないからだ。

原始社会では、死への恐怖はなかった。
が、彼らは また、誕生も 意識していなかった。

この世に生まれた途端、死が始まる。

だから昔は、何年生きたかを 勘定することはなかった。
自分が何年生きてきたかが 正確になればなるほど、ますます 死を恐れるようになる。



現代、アメリカは 死に捕らわれている。
時間意識が 一つのピークに至ったからだ。

みんなが 気づいている。
長く生きることが可能になり、死が更に暗たんとしたものになった ということに。

何故か ?

それは 深いバランスだ。


生を伸ばし続ければ、死をもまた、伸ばしている。
長く生きれば、死もまた、伸ばしている。
長く生きれば、死もまた、ずっと広がったものになる。

生と死は、両方 絶えず同時に成長している。
あなたは 逃れられない。

生と死の どちらかを選択することはできない。


実際、我々は、病気と戦う あらゆる可能性を見い出してきた。
が、人間は病んでいる--- 今までより もっと病んでいる。

医学における 科学的発達 全てを持っても、人間は 今だかつてないほどに 病んでいる。

それは 何故か ?

医学における 科学の進歩が、何故 どこかで病気を増やすことになるのか?



カール・グフタス・ユングは、とても奇異なアイデアを提起した。

彼は それを 共時性(シンクロニシティー) と呼んだ。

彼は言う。
「何が起ころうと、それに対応する進化した世界が存在する」と。


…05へ 続く



「究極の錬金術 Ⅱ 」古代の奥義書 ウパニシャッドを語る by OSHO,

(翻訳者) スワミ・ボーディ・イシュワラ
(発行所) 市民出版社