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「瞑想は コツだ」by OSHO (02)

 
 子供のころ、私は ひとりのマスター、泳ぎのマスターのもとへ行かされたことがある。

彼は 町一番の泳ぎ手だった。

私は これほど途方もなく 水を愛する人に出会ったことがない。

彼にとって、水は神だった。
彼は それを礼拝した。

そして、川が 家だった。
早朝 三時に、川辺で 彼を見る。

夕方にも、そこで彼を見る。

そして、夜、川辺に坐って 瞑想する彼を見る。
彼の 一生は 川辺で成り立っていた。


 彼のもとに連れて来られたとき---私は泳ぎを習いたかったのだが---彼は 私を見て、何かを感じた。

彼は言った。
「泳ぎを学ぶ方法はない。
私は、ただ君を 水の中に放り込めるだけだ。
すると、泳ぎが ひとりでにやってくる。
学ぶ方法はない。
それを 教えることはできない。
それは 知識ではなく コツなのだ」


 そして、それ が彼のしたことだ。
水の中に 私を放り込み、堤の上に立っていた。

二、三度、私は沈み込み、ほとんど おぼれそうだった。
だが、彼は ただ立っているだけで、私を 助けようとさえしないのだ!

自分の生命が 危機に瀕すれば、当然のことだが、できるかぎりのことをする。

私は両手を 振りまわしはじめた。

それは でたらめで 気狂いじみていた。
だが、コツが やってきた。

生命が 危機に瀕していれば、できるかぎりのことをする・・・

そして全面的に できるかぎりのことをするときは いつも、何かが起こるものだ。

 泳げた! 私は 興奮していた!

「この次は」と 私は言った。
「放り込む必要はありません。
自分で 飛び込みます。
体には自然な 浮力のあることがわかりました。
それは 泳ぐという問題ではありません。
ただ、水という要素と調和することにすぎません。
ひとたび 水に調和すれば、それは自分を守ってくれます」


 以来、私は 大勢の人びとを〈生〉という川に放り込んでいる!

そして、私は ただそこに立っている・・・。

ほとんど誰一人として 失敗することはない、もし 飛び込みさえすれば。
人は 必ず学ぶことになる。


 コツを つかむには 数日かかるかもしれない。

それは コツだ! 技ではない!

もし瞑想が 技なら、教えるのは とても簡単だったはずだ。

それは コツであるがゆえに、自分で試さなければならない。
次第に、あなたは それ を得る。


日本の心理学者が、生後 六ヶ月の乳児に泳ぎを教えて、成功した。
その後、彼は 生後 三ヶ月の赤児に試みた。
そして、成功した。

いま、彼は新生児で 試みている。

私は、彼に成功してほしい。

可能性は おおいにある。

というのも、それは コツだからだ。
どのような経験もいらない。
年齢、教育など・・・。

それは 単純に コツだ。

そして、もし 生後六ヶ月や 三ヶ月の赤ん坊が 泳げるなら、それは私たちが「いかに」泳ぐかという知識を 元来備えていることを意味する。

それはただ、私たちが 発見しなければならないだけのことだ。

ほんの ちょっとした努力で、それは 発見できる。


同じことが 瞑想についても言える。
泳ぎについてより、さらに真実だ。

ただ、ほんの少し 努力しなければならないだけだ。



…「瞑想は コツだ」(02) 終わり。

MEDITATION
THE FIRST AND LAST FREEDOM by OSHO,
「新瞑想法入門」
(翻訳) スワミ・デヴァ・マジュヌ
(発行) 瞑想社
(発売) (株) めるくまーる