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「瞑想は 集中ではない」01

 誤った方法論「瞑想は集中ではない」01


 瞑想の仕方を誤ることもありえる。
たとえば、深い集中に導く瞑想は いずれも誤りだ。
人は 開かれてくるより、むしろますます閉じてしまう。
自分の意識を狭め、何かに集中し、すべてを排除して 一点集中的になれば、ますます自分のなかに緊張をつくり出すことになる。
注意 (at-tension ) という言葉には、そういった含みがある。
それは「緊張する」(at-tension ) という意味だ。
集中という語感そのものからして、緊張感をもたらすものだ。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 集中には それなりの用途がある。
だが、それは 瞑想ではない。

科学的研究、調査、実験などには 集中が必要だ。
それ以外の世界のことなど ほとんど忘れてしまうほどに---。

ひとつの問題に集中し、他のすべてを排除しなければならない。

その 集中している問題だけが 自分の世界だ。

科学者に うっかり者が多いのは そのためだ。
あまり集中しすぎる人は、えてして うっかり者になる。

それは、どうすれば世界全体に対して 開いていられるか を知らないからだ。


 私は、ある逸話を読んでいた。

ひとりの科学者、動物学の教授が 自分のクラスの学生たちにむかって、にこやかな顔で こう
言った。
「蛙を捕まえてきましたよ。
池から活きのいいやつをね---。
外観を学習した後に解剖しましょう」
持ってきた箱を 注意深く開けると、中には ハムサンドが小綺麗に並べられていた。

お人好しの教授は、それを見ると、びっくりして言った。
「おかしい! 確かに昼食は 食べたはずだが------」

これが、科学者たちに起こりつづけていることだ。

彼らは 一点指向になり、マインド全体が狭くなる。
もちろん、狭い頭脳には それなりの用途はある。

それには貫通力があり、尖った針のようになる。
それは まさに正しいポイントに適中する。
だが、自分を取り巻く 大いなる生を見逃してしまう。


 覚者(ブッダ)は 集中の人ではなく、覚醒の人だ。
彼は、自分の意識を狭めようとはしない。
それどころか、外界、存在に対して 全面的に開かれているように、あらゆる障壁を落とそうとしている。


見守りなさい・・・存在は 同時発生的だ。

私は ここで話しているが、交通騒音も 同時にここにある。
汽車、鳥たち、樹々を吹き抜ける風---森羅万象が、この一瞬に収斂している。

あなた方は 私に聴き入り、私は あなた方に向かって話し、何百万ものことが 同時進行している。

それは 途方もなく豊かだ。


 集中は、多大な犠牲を払って 人を一点指向にする。
生の 九十九パーセントが 排除される。
数学の問題を解きながら、鳥のさえずりを 聴くことはできない。
気が 散ってしまう。
子供たちが 遊びまわり、犬が路上で 吠えている。

それらは 気を散らすもとだ。

人々は、集中するために 生から逃れようとしてきた。
ヒマラヤに行き、洞窟を見つけ、孤独でいる。
そうすれば、神に集中できる。

だが、神とは 対象ではない。
神とは この存在の 全体性であり、この瞬間だ。

神は〈全体〉だ。

だから、科学者は けっして神を知ることができない。
科学的方法そのものが 部分的、集中的であり、その方法論ゆえに 科学は けっして神を知ることができない。


 それでは、どうすればよいのか?
マントラを繰り返したり、「超越瞑想」をすることは 何の役にも立たない。

超越瞑想」が アメリカで もてはやされたのは、その客観的アプローチ、その科学的精神ゆえにだ。

それは「科学的」な やり方が通用する 唯一の瞑想だ。
だが、それは まさに集中であって 瞑想ではない。
ゆえに、それは科学的なマインドにとっては 理解しやすい。

大学や、科学実験室や、心理学的調査で、TM (超越瞑想)については 多くがなされているが、それは「超越瞑想」が 瞑想ではないからだ。
それは 集中であり、集中するための技法にすぎない。

それは 科学的集中と同じカテゴリーに属する。
両者には つながるものがある。

だが、それは 瞑想とは何の関係もない。


 瞑想は、非常に広大で、途方もなく無限であるがゆえに、どんな科学的調査も なされえない。

唯一、人が「慈悲」そのものになるときにのみ、成就したかどうかが 示されるにすぎない。
アルファ波は それほど役に立たない。

というのも、それはまだマインドのものであり、瞑想はマインドのものではないからだ。

それは 彼方の 何かだ。

…02に 続く


MEDITATION
THE FIRST AND LAST FREEDOM by OSHO,
「新瞑想法入門」
(翻訳) スワミ・デヴァ・マジュヌ
(発行) 瞑想社
(発売)(株) めるくまーる