OSHO 「アティーシャの 知恵の書」第3章 最初の質問-(4)

(3)からの続き…

 それが、あらゆる愛の関係性に起こっていることだ。
それは 愛の関係と呼ばれているもの すべてにおいてだ、と言わせて欲しい。
すべての夫婦間で、すべての愛し合う者同士の間で、すべての男女間で起こっている。


他人の 自分自身についての概念を、どうやって壊せるだろう。

それは自己証明、彼のエゴだ。

彼にとってはそれが、自分自身を知る方法なのだ。
もしあなたが それを取り去るなら、彼は 自分が誰なのか わからなくなるだろう。
それは あまりに危険だ。
彼は そんなに簡単に、自分の概念を落とせない。
彼は、自分が 愛する価値などなく、ただ憎しむに価するだけであると証明するだろう。


 そして あなたの実情も同様だ。
あなたもまた、自分自身を憎んでいる。
自分を愛してくれる人は、誰であれ許せない。

誰かが 愛のエネルギーをもって近くにやって来ると、
あなたは いつでも尻込みし、逃げたくなって恐れる。
あなたは、自分が愛する価値などないことを完璧によく知っている。
あなたは、自分が ただ外見だけは良く、美しく見せかけているが、本心では 醜いことを知っている。

そして もしあなたが、自分を愛する この人を許すなら、遅かれ早かれ --- それは早くやって来る --- 彼は 本物のあなたを知ることになるだろう。


 あなたと愛の生活を送らねばならないその人に、どれだけ長く 外見を装うことができるだろうか?


 あなたは世間の中では 外見を装うことができる。
あなたは ライオンズ-クラブや ロータリー-クラブの中では 外見を、笑いを、ありったけの笑いを 装うことができる。
あなたは すばらしい行為と任務を、演じることができる。

しかし、もしあなたが 一日二十四時間、女性あるいは男性と一緒に暮らすなら、ずっと笑い続けることは疲れる。
その笑いは あなたを疲れさせる。
なぜならそれは 偽物だからだ。
それは 単なる唇の運動だ。
そして唇は疲れる。


 どうやって 可愛いらしくあり続けられる?
いずれ あなたの苦い面が表面化してくる。

だから、ハネムーンが終わるまでに すべてが終わる。
二人は お互いの本当の姿を知ってしまう。
お互いの インチキ臭さを知ってしまう。
お互いの虚偽を 知ってしまう。


 人は親密になることを 恐れる。
親密であることは、自分の役割を取り除かなければならない、という意味だ。

すると あなたは、自分が 誰であるかを知る。

あなたは 自分が 取るに足らない、ただの 塵にすぎないことを知る。
それはあなたが、物心ついた頃から 言われ続けてきたことだ。
あなたの両親、教師、聖職者、政治家たちすべてが、あなたは塵だ、無価値だと 言い続ける。
これまで 誰も、あなたを 受け入れてくれたことがない。

あなたは 愛されている、尊敬されている、必要とされている、この存在が あなたを恋している、あなたがいなければ この存在は同じではあり得ない、あなたがいなければ そこに穴があくことになる、
という感覚を 誰もあなたに与えない。

あなたがいなければ、この宇宙は ある詩を、ある美しさを 失ってしまう。
歌がなく 音色がない、そこには隙間がある ということを、誰もあなたに言わなかった。


 それが、私の ここでの仕事だ。
私は、あなたの中に創られてきた あなた自身への疑いを破壊する。
あなたに 押し付けられてきた すべての非難を破壊する。

私は それを あなたから取り上げる。
そして、あなたは愛され、尊敬され、存在に愛されているのだという感覚を、あなたに与える。

神は あなたを愛するために あなたを創った。
彼は 途方もなくあなたを愛していたため、あなたを創るという誘惑に抵抗できなかった。


 画家が 絵を描くとき、彼は 自分が愛するから描く。
ヴィンセント-ファン-ゴッホは 生涯絶え間なく太陽を描いた。

彼は 太陽を非常に愛した。
実際、彼を狂気に駆り立てたのは 太陽だった。

一年間 絶え間なく、暑い太陽の下で立って描いていた。
全人生において、太陽の周りを 歩きまわった。

そしてある日、自分が描きたかった絵に 満足していた。
この絵を描くために他の多くを描いてきたのだが、彼は満足できなかった。
その日、彼は満足していた。
その日、彼は
「そうだ。 これこそが 俺の描きたかったものだ」ということができた。
そして 彼は自殺した。

なぜなら彼は
「俺の仕事は済んだ。
俺は、自分は それをするために生まれてきた、と言えるものを やり遂げた。
俺の運命は満たされた。
もう生きている意味はない」と言ったからだ。
彼の 全人生は、ある決まったものを描くことに専心していた。
彼は 太陽を狂おしいほど 愛し続けていたにちがいない。

彼は 目がつぶれてしまうほど、視力がつぶれてしまうほど、太陽を長く 見つめていた。
それが 彼を狂気に駆り立てた。



 詩人が 詩を作る時は、彼が それを 愛しているから作る。
神は あなたを描いた。
あなたを歌った。
あなたを踊った。

神は あなたを愛している!

もし、神という言葉に 何の意味も感じられないとしても 気にすることはない。

それを「存在」と呼ぶがいい。

それを「全体」と呼ぶがいい。

存在は あなたを愛している。
でなければ、
あなたは ここに いなかっただろう。

 あなたの 実存の中に寛ぎなさい。

あなたは 全体に守られている。

全体が あなたの中で呼吸し、脈打ち続けているのは そのためだ。

いったん、全体の あなたへのこの途方もない敬意と 愛と 信頼を感じ始めるなら、あなたは 自分の実存の中へと根付き、成長し始めるだろう。

自分自身を 信頼するだろう。
そして ただその時だけ、あなたは 私を信頼できる。

ただその時だけ、あなたは 自分の友人たちを、自分の子どもたちを、夫、妻を 信頼できる。

ただその時だけ、あなたは 木々を、動物たち、星、月を 信頼できる。

その時、人は ただ信頼として生きる。
これを 信頼するか、あれを信頼するかという問題は もうない。
人は、ただ単に信頼する。
信頼が、本当に宗教的であるということだ。

 それが サニヤスについてのすべてだ。
サニヤスとは、社会が為したことすべてを 元に戻すことだ。

聖職者が私に 反対しているのは、単なる偶然ではない。
政治家が、両親が、体制全体が 私に反対しているのは、単なる偶然ではない。
それは 偶然の出来事ではない。

私は その論理を、完全に はっきり理解できる。
私は 彼らが行ったことを、元に戻そうとしているのだ。
この奴隷社会の型式全体を、私が妨害している。

 私の努力は、反逆を創り出すことにある。
反逆の始まりが、自己を信頼することだ。
もし、あなたが自分自身を信頼するよう 手助けできたら、私はあなたを 助けたことになる。
他には 何も必要ない。
その他はすべて、自発的に その後に従っていく。



…(第三章、最初の質問、おわり)


「アティーシャの 知恵の書」by OSHO,
(訳者) スワミ-ボーディ-デヴァヤナ
(発行所) 市民出版社