OSHO 「アティーシャの 知恵の書」第3章 最初の質問-(3)

(…人間の意識の中には、信頼することと 信頼されること という質が、もともと備わっている。)

あらゆる人々が 信頼されることを楽しむ。
それは 他の人からの敬意だ。

そして あなたが 赤の他人を信頼する時は、それはもっと強くなる。
信頼する理由がなくても、あなたは彼を信頼する。
あなたがその人を高い地位へ持ち上げ、その人を とても尊重すると、彼が その高い地位から落ちることは ほとんどありえない。
万が一、落ちるようなことがあれば、彼は自分自身を許さないだろう。
彼は、全人生を 罪の重荷を背負って生きなければならない。

 自分自身を信頼している人は、その美しさを知る。
自分を信頼すればするほど、あなたは 自分が開花していくことに気づく。
自分が 手放しと くつろぎの状態にあることを、落ち着き、穏やかで、静かで安息していることを知る。

 そして、あなたが人々を より信頼し始めることは、とても美しいことだ。
というのも、信頼すればするほど、あなたの静けさは ますます深まっていくからだ。
あなたの沈静さは、自らの存在の核心そのものへと ますます深く進んでいく。
そして信頼すればするほど、あなたは高く舞い上がる。
信頼できる人は、いずれその論理を知る。
すると ある日、未知なるものを信頼せざるを得なくなる。

 あなたが 師を信頼できるのは、未知なるものを信頼できる時だけだ。
それ以前ではだめだ。
なぜなら師とはまさに、未知なるものを代表しているからだ。
彼は 地図なきものの代表だ。
彼は 無限、果てしなきもの、大海、野生の代表だ。
彼は 神の代表だ。

 プラギータ、あなたは言う。「なぜ私は あなたを信頼していないのでしょう?」

 単純なことだ。
あなたは 自分自身を信頼していないのだ。
自分自身を信頼し始めなさい。
それが基本的レッスン、最初のレッスンだ。
あなた自身を愛し始めなさい。
もしあなたが 自分自身を愛さないのなら、いったい他の誰が あなたを愛するというのだろう?
しかし覚えておきなさい。
もし
あなたが 自分自身だけを愛するのなら、あなたの愛は 非常に貧しい。

 偉大な ユダヤ教の神秘家ヒレル、彼は言った。
「もしあなたが自分自身のためにいないのなら、誰があなたのためにいようとするだろうか?」。
そしてまた、こうも言っている。
「もしあなたが自分自身だけのためにいるのなら、あなたの生はいったいどんな意味があるのだろう?」

      • すばらしく意義深い声明だ。

それを覚えておきなさい。
あなた自身を愛しなさい。
あなたが 自分自身を愛さないなら、他の誰かが あなたを愛することなど全く不可能だ。
自分自身を憎む人を、愛することなどできない。

 そしてこの 不運な地球においては、ほとんどの人が 自分自身を憎んでいる。
あらゆる人が 自分自身を非難している。
自分自身に非難を向けている人を、どうやって愛せるだろうか。
彼はあなたを信じていない。
彼は自分自身を愛せない。
どうやって彼に近づけるだろう。
彼は自分自身を愛せない。
どうやって彼を愛せるだろう?
あなたが 愛という名目で 自分を欺こうとしているのではないか、と 彼は疑うだろう。
彼は 非常に慎重で警戒している。
そして彼の疑いは、あなたの 存在を毒する。

 自分自身を憎んでいる人を、もしあなたが愛したら、彼自身の 概念を破壊しようとすることになる。
己についての概念は、誰にも 簡単に落とせない。
それは 彼の自己証明だ。
彼は あなたと戦うだろう。
正しいのは自分であり、間違っているのは あなただと、彼は証明するだろう。

…(4)へ 続く……