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OSHO「死のアート」第5章:所有と実存


「意識には二つの次元がある。一つは所有、もう一つは実存だ…」

略…
 言葉は非常に厄介だ。
物事を とても美しく装うことができるため、入れ物だけが際立ち、中身が見えなくなる。

人々は、うわべだけに限れば 非常に洗練されてきた。
だが、内奥の中核は相変わらず野蛮だと言っていい。

周辺ではなく、中心に耳を向けなさい。

ひとつひとつの言葉の中に入っていきなさい。

 まず、他人の観察。
それから自分自身の観察だ。
そうすれば、やがて実存の次元に入っていく瞬間が、多少とはいえ あなたにもあることがわかるだろう。
これが美の瞬間、幸福の瞬間だ。

実を言えば、とても幸せに感じている自分を見ているときは、常に実存の次元に触れているのだ。

なぜなら、それ以外の幸福など あり得ないからだ。

 しかし、正しく観察しないと誤解してしまうかもしれない。

あなたは愛する女性、愛する男性、友人と座っている。

そして突然、何の理由も はっきりした原因もなく、強い幸福感、強い喜びが込み上げて来る。

あなたは まさに輝いている。

それから、あなたは外部に原因を探しだす。

多分、隣に女性が座っていて強く愛してくれるからだと考える。

あるいは何年も会っていなかった友人に会ったから、満月がとても美しいからだ、と。

あなたは原因を探しだす。

 しかし、自分の心、本当の意味に注意して耳を傾けるようになった人は、外部に原因を探すようなことはしない。

そういう人は 内側を見る。

彼らは己の実存に出会った。

おそらく、あなたの愛する女性は心的刺激、ジャンプ台として働き、その結果あなたが あなた自身の中に飛び込んだのだ。

 外部に反目し合うものがあるときは、自分の中に飛び込んでいくことが難しい。

その場合、外にいなければならない。

誰かに愛されているときは、あらゆる防衛手段が捨てられる、あらゆる策略、政治的やり取り、駆け引きが捨てられる。

誰かに愛されているときは、無防備でいられる。

あなたは確信できる---あなたを愛する男性や女性に利用されることはないと、虐待されたり殺されたりしないから、無防備でいられると。

友人に害されることはない、友人がいると気持ちが和む、無防備でいられると。

無防備でいられる、策略や鎧を捨てられる状況のあるところ、必ずや実存との突然の触れ合いがある。

あなたは、所有の次元から実存の次元に移動した。

それが起こるたび、幸福、喜び、歓喜が生まれる。

たとえそれが 一秒の何分の一でも、忽然として 天国の扉が開く。

だが、そのことに気づかないため、あなたは何度も 見逃してしまう。

それは偶然にしか起こらない。

覚えておきなさい、宗教的な人とは この偶然の出来事を理解した人、その最奥にある鍵について理解した人のことだ。

もうその人は、偶然にだけに頼って 実存の次元に入っていくことはない。

鍵を持っている、いきたいときには いつでも扉を開ける。

扉を開けて入っていく。

 これが唯一の違いだ。

普通の幸福と 宗教的な人のそれとの唯一の違いは、宗教的な人は いつでもどこでも、己の実存の中に入っていけるということ、これだけだ。

今や、直通の道を知った。

ゆえに、外部のものを縁(よすが)とはしない。

 あなたは外部のものに頼り過ぎている。

 以下略…
PP. 184-185
“The Art of Dying ” By Osho
1978 Osho International Foundation
2001 訳者 スワミ・ボーディ・マニッシュ
「死のアート」OSHO
発行 市民出版社