「本質は くつろいでいる」


瞑想は 一種の薬ーーーそれを用いるのは しばらくの間だけだ。
一度その質を学んだら、とくに決まった瞑想をする必要はない。
瞑想が あなたの 生全体に 広まっている。

「禅を歩く、 禅を坐る」

そうだとしたら、その質とは なんだろう?
見守りながら、油断せず、楽しく、どんな動機もなく、中心に定まり、愛にあふれて、流れながら、人は 歩く。
そして、 この 歩くこと とは、ゆったりと散歩することだ。

愛にあふれ、 油断せずに、 見守りながら、人は 坐る。
どんな動機もなくーーーとくに 何かのために 坐っているのではなく、何もせずに ただ坐っていることが いかに素晴らしいか、どれほど寛ぐものか、どれほど安らぎに満ちたものか、それを楽しみながら------。


長く歩いたあと、一本の 木の下に坐ると、そよ風が吹いてきて涼ませてくれる。
瞬間ごとに、 人は 自分自身と 楽にくつろいでいなければならないーーーもっと 良くしようとしたりせずに、なにかを修めようとしたりせずに、なにかを練習したりせずに。

「禅を歩く、 禅を坐る。
話していても、黙っていても、 動いていても、動かずにいても、 本質は くつろいでいる」

「本質は くつろいでいる」ーーーそれが キーワードだ。

「本質は くつろいでいる」ーーーそれが 鍵となる声明だ。

自分のしていることを なんでもするがいい。
だが、 もっとも深い核では、くつろぎ、 クールで、 おだやかで、中心に定まっているがいい。



「OSHO ZEN TAROT」P. 93
Slowing Down [スローイング-ダウン]より抜粋/引用